西の魔女が死んだ

f0089775_124776.jpg<監督・脚本>長崎俊一<脚本>矢沢由美<原作>梨木香歩<出演>サチ・パーカー/高橋真悠/りょう/大森南朋/木村祐一/高橋克実

大好きな本が映像になることには、喜びと戸惑いがある。
自分の想像の世界がクリアになるのは嬉しいけれど、作品の解釈が自分と違っていたり、キャストが想像していた人物と懸け離れていたりすると悲しくなる。

この映画は、キャストもおばあちゃんの家も想像していた通りだった。
脚本も原作にかなり近いと思う。
ここだけは押さえてほしいと思っていたところも、きちんと描かれていたし。
柔らかい美しい映画だった。

原作本を引っぱり出してくると、ワタシの本は1997年の8刷。
1994年、検出版から刊行されたのが初めで、1996年に小学館が新装版を出していた。
ワタシの梨木コレクションも10年を越えたんだ。

この本は不登校になってしまった女の子が、祖母の家で暮らすことで立ち直っていくみたいな紹介を良くされているけれど、ワタシはずっと三世代の毋子の小さな確執が描かれている本だと思っていた。
梨木さんの本にはそういう空気が漂っているの多いし。
それと、「西の魔女」は「オズの魔法使い」を意識しているのでは?とも思っていた。
買って帰った映画のパンフレットを見ていたら、バラエティ・ジャパン編集長の関口裕子さんがそのことにふれていたので、自分の頭の中が上手に文章にされているようでうれしかった。
同時に最初に読んだ時の思いが呼び起こされて、泣いてしまった。
母が祖母に冷たいと感じることもあったし、母の望むような子どもになりたいと思いながら、同時に母とは違う生き方をしたいとも思っているし。

今回は映画の中で、まいがおばあちゃんに学校にいけなくなった理由を話すところで、
「ワタシもこんな子だったなぁ。」
と思った。
特定のグループに属することが出来なかった。
学校ってとこは残酷なとこで、ワタシは「好きな子とふたり」とか「好きな子でグループ」になるのが苦手だった。
もちろん、平気なふりをしていたけれど。
「新学期、学校へ行くのがドキドキする」
娘が何となく行きたくないのを臭わせた時、
「同じなんだ」
と思った。
本を読んだ時には感じなかった。
映画で始めて
「結構同じような子はいるのかもしれない」
と思った。

パンフレットの中に作者からの言葉が載っている。

試写会を拝見して、冬の午後の日だまりを思いました。
晴れた冬の日の陽射しが、木々の合間を抜けて、
柔らかい腐葉土と乾燥した落ち葉の上につくる、午後の日だまり。
お話は初夏のできごとだけれど、そういう静謐で暖かい、
けれどもひそやかな生命力を感じさせる、
日だまりのような映画になりましたね。
ご完成、おめでとうございます。
スタッフの皆様の誠実さとひたむきさには、頭が下がる思いでした。
この映画の醸し出す日だまりの暖かさが、
それを観る方々の胸の中にも灯り、何か不思議な、
生命の力のひとつとなって、働いていきますように。
                        ”

本当にそんな映画だと思う。
きっと、読み返す度、観る度に新しい発見がある。
宝物をまた見つけた。
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by liddell423 | 2008-06-29 12:47 | movies